第371回 いぬのきもち 論〜昭和は野良犬がうろうろしていた
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「スズが噛まれた!」
叫びながら公園に入ってきたのはキンゴだった。子供たちの間に緊張が走る。
スズとは、美人競泳選手、千葉すずのことではなく同級生の鈴木くんのことで、当時子供たちを震え上がらせていた[野良犬]が、ついにわれわれの同胞に牙をむいたことを意味していた。
蜘蛛の子を散らすようにみんながいなくなった。
自宅へ向けそれぞれのサバイバルが始まる。
ズックのバリバリをキツく貼り直す者、ポケットに石を補充する者、駄菓子で注意を逸らそうと相談する者、自転車で迂回を図る者。
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しかしおれはたかを括っていた。ニュースを持ち込んだのは「かましのキンゴ」つまりホラ吹きとして通っていたからだ。
家に帰るにはスズがやられた現場を通らなければならないが、まさか、もういないだろう。
おれは歩き始めた。不思議と人っ子ひとりいない。車も通らない。もうすぐ家だ。ゆるいカーブを曲がると、どす黒い獣が我が物顔で車道の真ん中に寝そべっていた。
そこらの飼い犬とはぜんぜん違う。狡猾で注意深く粗野。ワイルドで優雅な物腰。
金縛り。動けない。目が合うと、というより目が離せないおれに向かって、よだれを垂らしながら近づいてくる。遊んで欲しいのか、狩りのつもりなのか。
いぬのきもち。
下半身、肛門付近が熱く、ズンと重たくなった。もつれる足で逆走し、シミュレートしていた崖の上に避難すると、しばらくうろうろし、去って行った。遊びに飽きたのだ。
半ズボンはおしっこでびちょびちょ。幸か不幸か、おれはまだ精通を迎えていなかった。もし精通していたなら確実に爆発していただろう。
話はガラッと変わり、
台風の時に必ず報道される「海の様子を見に行った男性60才が足を滑らせ意識不明」というニュースを聞いて、バカだなあと思う反面、その気持ちは少しわかるのだった。